若者もオーケストラも「生まれ変わり中」です 〜日本センチュリー交響楽団のコミュニティプログラム「The Work」

 オーケストラと就労支援。縁のなさそうな二つを結びつけたプロジェクトを日本センチュリー交響楽団が4月から展開しています。
 その名は「The Work」。NPO法人スマイルスタイル(スマスタ)が運営する若者就労支援施設「ハローライフ」(大阪市西区)との恊働プロジェクトです。働く意志はあるけれどまだ働く場所が見つからない若者を対象に、オーケストラのメンバーと一緒にワークショップを重ねて音楽をつくる試み。そのプロセスでコミュニケーション力を磨き、社会人としての基礎力を高めてもらうことを目指します。「若者改造計画」と言っていいかもしれません。
 ところが、ワークショップを見学し、参加者やセンチュリーのみなさんと話をするうちに、これは「オーケストラ改造計画」でもあると気がつきました。若者とオーケストラが影響し合い、変化していく挑戦なのです。
文:佐藤千晴(大阪アーツカウンシル統括責任者)

 「The Work」発案したのはセンチュリー響マネージャーの柿塚拓真さん。音大でテューバを学び、役所で事務職として働いた後にセンチュリー事務局に転職した経歴の持ち主です。

 センチュリーは1989年に大阪府が設立しました。府の手厚い補助を受け、府文化振興財団が運営していましたが、2008年に就任した橋下徹府知事(当時)が財政改革を打ち出し、センチュリーへの補助金も打ち切りに。2011年に民営化、名前も大阪センチュリー交響楽団から日本センチュリー交響楽団に変えて再出発しました。
 自立したオーケストラとして生き残るために、新たな価値の創造を……そんな方向性を打ち出し、様々な試みを展開しています。

 柿塚さんは「オーケストラの社会的価値とは、社会のあらゆる層に音楽を提供すること」と考え、「The Work」を企画しました。若者を対象にしたのは「これまで現役世代をないがしろにしてきたのではないか」という思いから。30歳の柿塚さんの実感です。「現役世代が元気にならないと、社会も元気になりませんよね」

 しかし、オーケストラには社会包摂を目指すプロジェクトのノウハウはありません。そこで柿塚さんはNPOとの連携を模索、スマスタと出合います。
 「社会的課題をクリエイティブに解決するための提案」を掲げるスマスタの代表塩山諒さんは1984年生まれ、柿塚さんと同世代。「音楽もスポーツも生きる質を高めてくれる。これが生かされれば社会も変わっていく」と話します。なにより「このプロジェクトに対する覚悟と熱量、ビジョンというキーワードにぐぐっと来て」連携を決めたそうです。「ジャンルは違えど、イノベーティブな挑戦に共感できる。コンセプトづくりや、(資料、ホームページなど)ビジュアル面で協力しました。『オーケストラ生まれ変わり中』の価値や感動も世の中に伝えていきたい」

 ワークショップの中身は作曲家の野村誠さんに託しました。高齢者との作曲プロジェクト、ガムラン(インドネシアの民族音楽)の演奏や作曲、NHKの幼児向け音楽番組「あいのて」の音楽・音響監修など幅広く軽やかな活動で知られる音楽家です。「これまでホールやテレビ局からはいろいろな依頼がありましたが、オーケストラから作曲以外の話が来たのは初めて。すごく可能性があるな、面白いことが始まったなと思う」と野村さん。4月にセンチュリー響のコミュニティプログラムディレクターに就任しました。「The Work」を第一弾に、さまざまなプロジェクトを手がけていく予定です。「センチュリーをどんどん面白い楽団にしていくのが僕の仕事」

野村誠さん

 「The Work」には「スマスタ」経由で集まった主に20代の若者10人が参加しました。センチュリーの核メンバーは首席トロンボーン奏者近藤孝司さんや弦楽器奏者6人。若者たちはふだん楽譜にも楽器にも無縁です。参加者のひとりは「何をやるのか分からなかったけど、面白そうなのでサークル活動のノリで申し込みました」。彼らが音楽のプロと一緒にどうやって音楽をつくっていくのでしょう? 4回目のワークショップ(5月30日、大阪府立江之子島文化芸術創造センター)を見学しました。

 プロはそれぞれの楽器を、若者は世界の様々な打楽器や小学校のころに親しんだリコーダー、鍵盤ハーモニカなどを手にしています。ペットボトルやエアコンのホースも楽器として活躍します。
 音楽の素材は「日本センチュリー交響楽団」「ゲン(弦)、ダ(打)、カン(管)」といった身近な言葉。リズムを加え、強弱をつけると、どんどん音楽的になっていきます。やがて、いくつかの異なるリズムのグループの合奏に。緊張感と、うまく息が合った時の喜びが伝わってきます。
 ワークショップをもとに野村さんがつくった曲「ゲン・ダ・ゲンカン1」は、参加者が「ありふれた5月病の物語」「孤独な少年と少女の出会いと別れ」など、この曲からイメージした物語を語ってからみんなで演奏してみました。曲の表情が解釈次第でどんどん変わります。音楽とはコミュニケーションの延長なんだと実感させてくれるワークショップでした。

ワークショップで使った楽譜

 この日はうれしい変化が二つあったとスタッフは振り返ります。 
 ひとつは、若者たちが開始前に自主的に集まって「自主練」を始めたこと。そしてもう一つはオケのメンバーが自発的に交響曲を素材にしたワークショップを試みたこと。6月の定期演奏会で取り上げるフランスの作曲家フランクの「交響曲」から有名なメロディーの数小節を取り出し、さまざまな楽器が異なるリズムと旋律が壮大な音楽を構成していることを体験してみたのです。
(6月19日の演奏会に行きましたが、ワークショップのおかげでとても面白く聴けました)

 センチュリーのバイオリン奏者道橋倫子さんは「The Work」に参加し、表現することの原点を再発見新鮮したといいます。「オーケストラは表現までの前置きが長いなあって思いました。楽器があって、指揮者がいて、みんながいて、表現はその先になりますから」
 毎回欠かさず参加したトロンボーンの近藤さんは「以前からお客さんにオーケストラにもっといろいろな近づき方をしてほしいと思っていた。でもコンサートでは黙々と演奏しているところしか見てもらえない。このワークショップは貴重な機会になりました」と楽しそうに語ってくれました。

センチュリー響の近藤孝司さん(左)と小笠原雅子さん(中央)

 野村さんはワークショップで生まれたものを取り込みながら二つの新作をつくりました。7月6日、JR大阪駅の大阪ステーションシティ南ゲート広場で発表します。
 一つは「日本センチュリー交響楽団のテーマ」。大きく変わろうとしているセンチュリーへ応援の思いを込めます。そしてもう一曲が

「ハローライフ協奏曲」。別名は「地味な楽器のための協奏曲」。ふつうのクラシックなら協奏曲はピアノやバイオリンといった派手な楽器が大活躍ですが、野村さんはあえて独奏に地味な楽器を指定しました。おずおずと自信がなさそうで、音も小さな地味な楽器が、周囲に励まされ、助け合い、見事に大役を果たして笑顔になる……そんなストーリーです。こちらは若者たちへの応援歌ですね。

 今年の「The Work」は7月6日の発表会で修了しますが、オーケストラと若者たちにこの3ヶ月で育ち始めた芽が、どんな花を咲かせてくれるのか楽しみです。 

☆関連リンク
The Work」ホームページ
日本センチュリー交響楽団ホームページ

【プロフィール】
The Work 公開パフォーマンス 日時:7月6日(日)15:30〜 場所:JR大阪駅 大阪ステーションシティサウスゲートビル1階 南ゲート広場 入場無料 ☆ 同じ場所で13時から「第30回 センチュリー・エキコン」も開催。 日本センチュリー交響楽団のメンバーがチェロ四重奏でブラームス「ハンガリー舞曲」などを演奏します。無料。

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