オープンハウス ロンドンの創立者が語る「まちの開き方」とは? イケフェス2016シンポジウムレポート
みなさんは「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」(通称イケフェス)をご存知でしょうか。2013年から大阪市の事業としてはじまり(現在は実行委員会形式)、昨年は延べ3万人が参加した日本最大級の建築公開イベントで、日頃は中に入れない建物の中を2日間だけ見学できます。期間中は御堂筋界隈をガイドブック片手に歩いている人や建物を撮影しいる人を多く見かけました。
今年は最終日(11月6日)のクロージングイベントで、イケフェスが参考にした『オープンハウス ロンドン』の創始者ヴィクトリア・ソーントンさんから、その25年にわたる取り組みが紹介されました。会場となった竹中工務店大阪本店の御堂ビル1階いちょうホールには、定員150名のところ、約230名が詰めかける人気でした。
『オープンハウス ロンドン』は1992年にロンドンではじまり、2016年は、市内700~800の建築物が無料で一斉公開され、市内外から約25万人が訪れました。現在はロンドンだけでなくニューヨークやバルセロナ、ダブリン、ブエノスアイレスなど世界30数都市へ広がっています。
ヴィクトリア・ソーントンさん/『オープンハウス ロンドン』の主催団体オープンシティ(旧オープンハウス)の創立者
ソーントンさんは編集の仕事で建築を取り上げる機会があり、建築や都市に関心をもつようになったそうです。ちなみにご主人は建築家だとか。
市民が市内の建物を直接体感することがとても重要
シンポジウムは近畿大学の堀口徹先生によって通訳され、時には堀口さんが感想を述べるかたちで進行。ソーントンさんは最初に、なぜオープンハウスというコンセプトを思いついたのかを語りました。
「建築の専門家とそうではない人とのギャップというものに問題を感じていて、すべての建物に入ってもらう機会をつくり、直接身体で感じられるようにすることが都市に愛着をもつことにつながると思いました」
また、ソーントンさんは一般市民と地元の政策に関わっている人々がいっしょに議論できる機会が必要だと考えました。ソーントンさんはオープンハウスに重要なポイントが五つあると言います。
- クオリティの高い建物を選ぶこと。必ずしも古い建物に限定しているわけではありません。
- すべての建物に無料で入れる状況をつくること。
- その都市に住んでいる市民やコミュニティのことを第一に考えること。
- いろいろな立場の人が対話できるような活動を通して学びの機会をつくること。
- 非営利団体による活動であること。
4の補足をすると、学びとは教えられることよりも、自分たちの言葉で語れるようになることが重要だと言います。
「オープンハウスの重要なコンセプトはとにかく直接建物を経験できることです。建物の現場に自分の身体で入り、いろいろ感じることが大事です。オープンハウスとは目を開き、心を開き、実際にドアを開放するという活動です」。
メンバー2人、ボランティア約1000人で運営
続いて『オープンハウス ロンドン』が、どういうイベントなのか紹介しました。
オープンハウス ロンドンの様子
2016年のロンドンでは、個人住宅や行政の建物、学校、文化的な施設など、市内700~800の建築物が無料で一斉公開され、市内外から約25万人が訪れました。
「パブリックアートや、これから計画中の場所も取り上げました。とにかく私たちが日々暮らして仕事する場所をオープンにしています」
このイベントはたったふたりで運営しているそうです!
「彼らはとてもがんばる人たちです。膨大なデータベースをもっていて、協力者を募ってやっています。ボランティアは1000人ぐらいが参加しています。もちろん大阪のようにスポンサーを探すのも重要です」
マーケティングやPRで使えるものとしてガイドマップやホームページ、スマホのアプリもつくり、準備には1年ぐらいかかるそうです。
自分たちの問題を自分たちで考えるような
スタイルを育んでいきたい。
ロンドン以外からもボランティアの参加が多く、その人たちがやがて自分のまちでオープンハウスを行い、さまざまな都市に広がっています。2006年にはそのネットワークとして『オープンハウスワールドワイドファミリー』が生まれました。ロンドンだけでなくニューヨークやバルセロナ、ダブリン、ブエノスアイレスなど30数都市で、毎年およそ100万人が関わります。
「オープンハウスが共感を呼んで世界中に広がっているのは、世界各地で自分たちが住む都市の環境を、自分たちの問題として考え、積極的に関わっていく意識が高まっていることと無関係ではないと考えています。
いろいろな人が参加できることが非常に重要で、それがまさにオープンハウスの目的なのです。自分たちの問題を自分たちで考えるスタイルを育んでいきたいと思っています。
オープンハウスはコ・クリエーション(協働)による都市づくりを支えようとしています。そうすることで建築家、プランナー、コミュニティの考えていることをどんどん取り込んでいけるであろうし、結果的に自分たちの住むまちは自分たちで共有する生活環境である、ということへの理解を育めるのではないでしょうか」
オープンハウスの効果はどうか?
オープンハウスの効果について検証もはじまりました。
「市民が自分たちの都市に積極的に関わっていくことに、果たしてつながっているのか、ということを検証したいと考えました」
具体的には以下のテーマが掲げられています。
- オープンハウスがオーナー、参加者の都市に対する態度をどう変えたか。
- オープンハウス活動の実現の障壁は何か。どういう乗り越え方が世界各地であるか。
- オープンハウスが市民のまちづくりや地域づくりの協働をどう促したか。
- ほかの市民参加型のまちづくりと比べて、どういう特徴があるか。
- 一般市民が、建物や都市の政策決定などに参加するためのプラットフォームになりえているのか。
オープンハウスに込められた目的。
オープンハウスのコンセプトは誰でも入れるように建物を開放するという非常にシンプルなものですが、そこには深い目的があるようです。その目的を達成するためには以下の四つのステップが重要だとソーントンさんは言います。
- 建築を経験する
- 対話をする
- 自分たちの問題を自分たちで考える姿勢を育む
- 政策提言までつなぐ
「オープンハウスでは、よくデザインされた都市がいかに人の生活を良くするかということを直接的に経験してもらおうと思っています。都市を直接的に経験することを通して、自分たちの地域について対話をする機会をつくろうとしています。対話を通して市民が自分たちの環境を考え、政策提言を含めて、積極的に活動できるよう支援につなげていこうと考えています」
この四つのステップについてさらに詳しく説明しました。
1 建築を経験する
「写真やインターネット、映像を通したものでは建築は体験できません。特に写真は理想化された建築の状態を表現してしまう傾向があって、ま新しい状態であるとか、いろいろ問題が見えないように加工されてしまうものです」
2 対話をする
「建物を見たあとで、好きか嫌いか。それはなぜか。対話が広がると思っています。対話にも種類がいろいろあり、形式ばらない会話もありますし、今日のシンポジウムのようにオーガナイザーが組織した対話もあります。
私たちはこれをデモクラティック(民主的)な対話と呼んでいます。多様なタイプのコミュニケーションがあり、物語を語ることも、主張することもあります。建築の専門家だけでなく、一般市民や都市の政策に関わる人もいますので、それぞれのスタイルで表現できる場が重要だと考えています」
具体的には、多くのオープンハウスイベントは週末にディベートが計画されます。特に今その都市で問題になっていることをめぐるテーマが設定されます。でてきた発言を政策に反映させることも考え、また実際に起きているそうです。
2015年はダブリンでは『これから私たちはどこでどう暮らすか』、ロンドンでは『果たして清潔できれいな都市は新たにつくれるのか』というテーマで対話がありました。ソーントンさんはこう振り返ります。
「オープンハウスで行われる対話は、これまでの市民参加型の対話の作り方と少し違うのではと思っています。一方的な会話ではなく、いろいろな関係者や権利をもっている人が、みんな同じ土俵で語れるようにするのがオープンハウスの狙いです」
また、ソーシャルネットワークも非常に有効で、特に若い世代の参加を実現するには重要だと言います。ロンドンの2015年のデベートの際は、surveymonkeyというwebサイトの調査サービスを活用したり、twitterなどさまざまな方法を使って活動を広げていきました。
「オープンハウスは一般市民と専門家の対話のプラットフォームをつくるものです。特に都市の将来に関わるような議論の場をつくっています。ロンドンではオリンピックをめぐる対話も非常に重要なテーマとなりました」
#イケフェス2016
日本橋の家
すでにみなさんつぶやいて下さってるとおり、今日も大行列中です。整列に協力頂いているみなさん、ご近所のみなさん、ありがとうございます。ただいま待ち時間1時間〜1時間半くらいです。そ pic.twitter.com/MYFgKkqz4w— 生きた建築ミュージアム (@ikitakenchiku) November 6, 2016
3 自分たちの問題を自分たちで考える姿勢を育む
4 政策提言までつなぐ
「市民が自分たちの環境に対して意識をもって発言したり、活動したりできるようになるために、『都市』というスケールが非常に重要で適切だと考えています。オープンハウスは世界中に広がっている活動ですが、やはりそれぞれの都市で方法も目的もプログラムもいろいろあると思っています」
例えばヨーロッパで行われた来場者に対するアンケートの結果では92パーセントが都市への見方が変わり、より積極的に都市に関わる意識が高まったと回答し、そのうちに43パーセントが議論に関わるようになったそうです。
「オープンハウスは、都市に住んでいる人たちには旅のはじまりみたいなもので、そこから『どう活動していけるか』が非常に大事です」
オープンハウスに関する調査結果は、行政や建設業界、市民にも公開しています。オープンハウスで集められた声は、将来的な地域政策の議論につながる貴重なデータにもなっているとソーントンさんは考えます。
「オープンハウスは非常にシンプルな考え方です。建物のドアをあけて誰もが入ってこられる場をつくるだけです。それが成功したかどうかは先ほどお伝えした四つのプロセスを通して測れるものです。しかし、本当の意味で市民参加の方法がまだ確立されていないのではないかと考えています。だからこそオープンハウスは市民参加の方法につながる活動として続けていきたいと思っています。ありがとうございました」
いかがでしたでしょうか。都市の資産のひとつである建築を通じて、市民が自分の住んでいるまちに積極的に関わる取り組みについて教えていただきました。
ソーントンさんの講演のあと、パネルディスカッションがありましたが、「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」はまだ建物を体感するというステップであり、対話するというステップに向けて何か方法を考えたいとパネリストたちは話していました。
シンポジウムを終えて興味深く感じたのは、建築の専門家やオーナー、行政担当者だけでなく、一般市民が同じ土俵で都市について議論できる場をつくる姿勢です。文化芸術の分野でも大阪にそういった場が増えていけば、「人を魅了するプロデュースとは何か?」のシンポジウムで語られたようなリテラシー問題が少し解消されるのではと感じました。みなさんはどういう感想を持たれましたでしょうか。
(構成=狩野哲也)